。        。


   

   。          。         。
                  ほ し             
                                                              の
                         う                                         た
      




               思い出 が 宝石に 変わるトキ。

                          



。。。。。



                                          。。。。。fish
自分自身に感謝すること

家族に感謝すること

地球に感謝すること


全部同じ 
同じライン

トキの中で


わたしのすきなもの



あめのひの
小学校のよこのどぶの流れるおと。


よるの門灯に照らされたしずかな緑。



* ○ ・ ○ * ・ *

自然に漏れる音。

そこにあるおと。

陰 。





夕日が落ちるすこし手前のときの眩さ。

たまごの黄身みたい。



白いカーテンから差し込んだ、
壁にできた光と影が、

すこしの間、語る


ひとが しんどい とき。

脅迫観念や 罪悪感を 身にまとっている。



誰かがそういう状態でいることを望んだだろうか?


みな、あなたのしあわせを望んでいるはずである。

時代を作ってきたおじさんたちは そのことに誇りをもっている。 現代の諸処の問題に対して自分たちが生きている間はまあ大丈夫だよ。ははは と笑っている姿をよく目にする。
そんな話を聞くと自分の子や孫の時代は他人事か?と腹が立ったり悲しくなってしまうけど、おじさんたちが頑張ってきたから、美味しいモノをたべ 好きなことをして ぬくぬく育ってこれた。

子供の頃は 歴史的にも世界的にも恵まれた時代に一番豊かな国に生まれてなんて運が良いんだろう(笑)とおもっていたけど そうやってぼーっと 安心して生きてきた。
安心してぬくぬく生きてきたはずだけど その裏で 自然環境は破壊され、人間自身も(そのこども世代から)アレルギーや 謎の現代病や 鬱病などはどんどんと広がっていった。

なにか大事なモノ 本質が抜け落ちたままつき進んでいっているような
空虚感があった


痛いことや闇を見ないようにしていては 必ず後でそれは莫大になって返ってくる。
掃除は溜めて一気にやるより、日々の生活の中で気付いたときにまめにやったほうがいい。


上ばかりみて背伸びしたり 外国ばかりみて競争したりして
浮かれて調子に乗ったり
自分自身を 足下をきちんと見ることを怠った。


全てのものことは循環していることを想像する
自分の場所に来たときのことしか知らない。 でなく


そのあとどこへ行ってどうなるのか
そして どこからどういうふうに来たのか

そのことを想像してみる。


よくわからないものばかり手にし 捨てていれば
よくわからない身体、よくわからない世界 になる。


それでは 何故蝕まれているか わからず 不安も膨らむし

自分自身と 世界に対して 責任を持てていない。



問題が複雑膨大すぎてどこから手をつけて良いかわからない そんなことはない。
本当はものすごくシンプル。


まずは いま自分の目の前のことから。
関わる時の 姿勢。
自分が納得出来たら 
身近な家族から。


私たちは豊かさも痛みも両方しっている。
これからどういう未来に向かっていくか 想像できているはず。
いますぐに何か大きな事が出来るわけじゃなくても、
いつも少しだけ勇気をだして一歩踏み込まなくてはいけない。
小さな事でも
一つ一つ
瞬間瞬間
真っ直ぐでいよう。

基準は外にはない。
自分自身。

モノクロ世界と色眼鏡

不安が ときどき 視界に黒いシミを落としていくので


ありのままのあなたを そのままに みれなくなってしまう


お互いに




あなたを色眼鏡で見てしまうのは
過去の あなたの不安 過去のわたしの不安 
 そして今の 誇大化した かってな妄想




もしかしたら


いい思い出も 素敵な光も
わたしの瞳に 黄色い色を落としていくのかもしれない




こころは何時もカラフルで
たとえどんな色でも




汚い色なんてない。




色んな色が 移り変わって通り過ぎてゆくのを眺めながら




でも 何時も 透明でありたいなって おもう ふたり




.・・・‥‥‥‥‥‥・・・・‥‥・・‥・・・‥・・・・・‥‥‥・・.




ほんの一瞬 ほんの一瞬


本当の光が ふたりの心を射した




        ..・・・




わたしたちは そのことを 知っているから。






またまわって 裏側を通って  


また 辿り着くだろう




見えない 


月の裏側は


確かに存在している




どうしたら あなたをまるごと包むことができるのかなんて
考えていること自体が エゴなのかもしれない

roots

 育った家には 
   
色が 溢れていた


光が差し込む部屋


満たされた こころと
自由なきもち


部屋のあちこちに

愛
 
 を 

発見することができる


   そこにはもちろん少しの闇もひそんでいるんだけど。。
 。

そうやってわたしは生まれてきて

 育って 

自然と うたい おどって えがいてきた


ふつふつと

湧き出てくる

眩い世界に


いつまでも・・・
いつまでも・・・

ゆうぐれ時に 秋の気配に ふとふりかえってみる



出逢っては 別れていく
けど たべたものが体をつくるように


それは わたしというにんげんを形成している。


消えることはなく
ずっとココに 在る。
ひとつづつ つみかさねられていく


(大切な モノ)






うまれたときから ずっと変わらない 絶対的な 私 がいる。


だけど


誰かと出逢うたびに また しらなかった自分をみつける。
(誰一人として  何時 どの時も 同じ私は ない。)


そのひとそのひととの 間だけにうまれる 心地よさがある






  生まれてくるメロディのように


  描きだされる色彩のように


  空気 におい 笑い 記憶 光 温度 風  虹  夕暮れ空・・・






 あなた と わたし の間にある それ は  
     なんなのだろう。。






それは  これからも ずっと つづく。
 であい  は   これからも  ずっと つづく。




きらめく にじのように   あめあがりの 一滴のように




どこかできっと あなたも 今日を過ごしていることでしょう。。






+       +       +




いつまでたっても わたしは変わりはしない・・
なんて 行き詰まり感に苛まれるともあるかもだけど


なんとでも成れる  変われる可能性を 同時に持っている。




変わらない部分(性質や 芯の部分)
を持っていると同時に
空っぽの透明人間でもあるんだ。




わたしは 個 であると同時に 世界 である




そのことに気付いたら 
少し生きるのが楽になった。
しらぬまに 汚染がすすんでいくように  


ある特定の世界の中だけでの 常識 や
 暗黙の了解みたいなものに 


身をゆだねていてはいけない




受けてきた教育なんてものは
数年で変わってしまう




長い歴史の中で 変わらないモノと 移り変わっていくモノ




同時に観て 進んでいきたい。
いつも いまある しあわせを かみしめることを やめてはいけない






しんどいとか つかれたとか いやだなぁ
って




そうしているのは 自分自身


そっちにいることを選んでるのは自分自身






正直しんどいことは絶対あるけど
それをいかに克服していくかっていうのも
楽しいじゃないか


人生の スキルアップみたいで。

喜怒哀楽  春夏秋冬  気  エネルギー  循環  関わり  共生





喜怒哀楽があって 自然なことなのに 
いつの間にか それを抑える方が うつくしいみたいな・・ かんじになっていたなぁ。。




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




地球の長い歴史の中で いまが そういう時期なだけなのか
それともここ100年くらいで急激に人間によってフラストレーションを加えられた反動なのか。。




テレビの報道とかを見ていると 人間の目線のゆがんだ傲慢さを感じてしまうようになった。








漠然とした不安 とか 恐れから 
単に目をそらせないで  冷静にその元を見てみたい




いろんなエネルギーは かならず起こるものだから
そのことは 受け止められるようになれたらなぁ










幸せ って なんなのか
生きる って なんなのか










人間が発する電波や情報から 一元化された価値観を ただ無意識に毎日受け入れていくのではなく








自然が発するコトバに  空気に  毎日 耳を傾けるようにしたい。


毎朝そうやって 今日の世界と わたしの内側を しずかに確認する。












白い 画面の中の  黒い文字だけを見て
真意はわからない  世界はわからない




教科書の文字だけを見て 真に学ぶことはできない




コトバは 物事をある側面から見てあてはめただけだったり
使われている内に 中身のないものになっていたり
よくわからなくて 不安 なものを 自分の手の中に納めて安心するために それを箱にいれただけだったり するから






こころとからだをつかって
じぶんで 掴んでいかなくちゃならない。












固定観念は 常に 新しくまた植え付けられていくから
そのことを意識してなくちゃ


また滞ってしまう。












外から持ち帰ったもの
今日の疲れ


その日の内に整理して






明日はまたまっさらで 生まれた私で 迎えたい。

kodoku ga bokuo




"孤独が僕を" 野津昌太郎×石川高 at ヴィオロン